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祠に手を合わせて聞いてみたけれど、やっぱり答えはどこからも返ってはこなかった。
リカコは思う。

 「やっぱりあのお爺さんの言う通りに龍之介にも聞かなきゃ」

リカコは龍之介が入った小さな水槽を手にして岩場の対岸へと向かった。泉の入り口側から回りこんで、急勾配になる斜面と泉の間にある小さな岸に立つ。水槽を地面に置いて蓋を取ると、龍之介はのんびりと水に浮いていた。
リカコは龍之介の柔らかな体をそっとすくう。目の前に持ってきて、心の中で語りかける。

 「ねぇ。龍之介はどう思うの?」

もちろん、龍之介からの返事はない。

 「キミも、あたしと離れてしまうのはつらいのかな?」

リカコは龍之介を泉へと下ろした。龍之介は泉の水面を漂って、しばらくじっとしているようだったが、不意に向きを変えるとリカコに顔をあげた。そして短い手足をジタバタとさせてリカコの居る岸へと泳ぎだした。
その姿が、あの冬の日の子猫の姿と被る。

 「そっか」

リカコは龍之介をすくい上げる。
大人になるには強くなければいけないと思っていた。独りで歩いて始めてその強さを得られるのだとと思い込んでいた。けれども、その強さは大切な人と別れてまで手に入れなければならないものではない。決して。

 「キミもゆっくりでいいんだね」

リカコはそうつぶやいて龍之介を再び小さな水槽の中へと入れた。
その瞬間。ドーンと派手な音を立てて泉から盛大な水しぶきが上がった。そのあまりの勢いに悲鳴をあげる。中空に跳ね上げられた水しぶきが、ザッと音を立ててリカコに降り注いだ。小さな水槽を抱きかかえるようにして身をひねるとバランスが崩れて、リカコは後ろの傾斜の方に派手に転んだ。

 「それでいい」

そんな声が聞こえた気がした。

 「そんなに背伸びしなくても大丈夫だから」

声のした方向、泉の上を見ると、今まで見たこともないようなはっきりとした虹がかかっていた。リカコはその虹を見上げる。

 「そっか、これでいいんだ」

どこからともなく聞こえてきた声に納得する。あんなに大人になりたいと強く願っていた自分が馬鹿みたいだと思える。
リカコは虹を見上げながら、笑っていた。焦っていた自分を。無駄に力が入ってしまっていた自分を。
ふと気付くと、対岸の岩場でアキラが声をあげて笑っている。けれども、それはリカコと同じ種類の笑いではなく、リカコの方を指さしながら笑っているようだった。

 「何がそんなにおかしい」

自分の心を笑われたような気がしたリカコはアキラに食って掛かった。
腹を抱えて笑っていたアキラは苦しそうにこう言った。

 「だって、お前、そのかっこ」

リカコは斜面に寝転んだようになっている自分の姿を見る。転んだ瞬間に腰のあたりまでミニ・スカートの裾がめくれあがっていた。

 「わああああああああっ!!」

リカコは龍之介の入った水槽を置き、慌ててスカートの裾をなおして立ち上がった。アキラは腹を抱えてまだ笑っている。ユウトは赤くなってあらぬ方向を見ていた。恥ずかしさと怒りがリカコを支配した。

 「お前ら、フルボッコ!!!」

 リカコは対岸に向かって走った。動揺したアキラとユウトは反射的に逃げ出そうとしたが、リカコが鬼の形相で迫って来ている側の遊歩道へ登る入口しか逃げ道はない。

 「ちょっと待て!!」

 「なんでボクまで!!」

リカコは二人の抗議を全く無視して横薙ぎに蹴りを繰り出した。リカコの蹴りは、ガードした腕ごとユウトの体を見事に吹き飛ばし、リカコの蹴りをかわした筈のアキラまでも巻き込んで、二人まとめて泉の中へ叩き込む。派手な音と水しぶきがあがった。

 「参ったか!!」

リカコは仁王立ちになって、泉に落ちた二人を見下ろす。二人は浅い泉からのろのろと立ち上がってきた。

 「ひっでぇ……」

濡れネズミになったアキラが抗議したが、リカコはその声をスルーして、笑いながら木々の間からこぼれ落ちる5月の陽射しを見上げた。
不思議と気分は良かった。
泉の上には、また虹がかかっていた。


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『龍の泉』の全文は、こちらへ。是非、読んでみてくださいね♪
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