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今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですがアリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っていて、バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っているからです。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、そんなアリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん。さっき綺麗なお月様を見たの」
バクさん「どんな月だった?」
アリス「青い三日月」
バク「そうか、今日は龍の月か」
アリス「龍の月ってなぁに?」
バク「今夜は月の中にいる青い龍のお話でもしようか」

第二話『月の中の青い龍』

むかし、むかしの遠い西の国のお話。
山のふもとに青い龍が住む、大きな湖がありました。
湖の青い龍は近くに住む人達に恐れられていて、湖に人がやってくることはありませんでした。
ある日、青い龍は天に輝くお月様を食べてみたくなってしまいました。

龍「あのお月様は、きっと甘い味がするに違いない」

そう思った龍は天に上り、お月様を食べてしまいました。
すると、世界中の夜は真っ暗。
東の国では悲鳴があがり、北の国では泥棒が入り、南の国ではお化けがいっぱい現れるようになり、西の国では戦争がはじまってしまいました。

人間の騒ぎを気にもせず過ごしていた龍は、ある日湖のほとりに若い娘が居ることに気が付きました。
龍は、娘にたずねました。

龍「おい、娘。わたしに何の用だ?」

娘は龍を睨みつけて大声で言いました。

娘「お月様を食べてしまったのは、あなたですね?」
龍「そうだが、それがどうかしたかね?」
娘「あなたがお月様を食べてしまったせいで、世の中は真っ暗になってしまい、いろんな人が迷惑しています。特に西の国では光を奪い合って争いがはじまってしまいました」
龍「確かに月を食べたのはわたしだが、争いがはじまってしまったのは人間が愚かだからではないのかね?」
娘「それでも、きっかけを与えてしまったのはあなたです。人間はそんなに愚かではありません。お月様が戻ってくれば争いは終わります。お月様を返してください」
龍「人間が愚かでないならば、その証拠を見せろ。龍が争いをやめれば月を返すと言っていると人々を説得し、お前が争いを止めてこい」

娘は青い龍の言葉通り、人々を説得して回りました。
けれども、人々は争いを止めません。
中には娘の声に耳を傾ける人もいましたが、愛する人を失うと、人は再び争いの中に飛び込んでいくのでした。
そんな娘の前に盗賊が現れました。

盗賊「この争いの中、お前は何をしているんだ?」
娘「この争いを止めるために、人々を説得して回っています。青い龍とそういう約束をしました」
盗賊「これは呆れた。お前は自分の命が惜しくはないのか?」
娘「勿論、自分の命は大事ですが、この争いを止める事の方がもっと大事です」

盗賊には娘の気持ちが分かりません。
そこで盗賊は娘に意地悪な言葉を投げかけました。

盗賊「お前の命をここでオレが奪えば、この争いも止められないぞ」
娘「確かに私がここで命を落とせば、龍との約束を果たせません」

盗賊はニヤリと笑いました。

盗賊「ならば、すぐにでも命乞いをしろ」

娘はすこしばかり考え込んでいるようでした。

娘「私が助けて欲しいとお願いするのは、あなたではなく、青い龍です」
盗賊「そんなことはどうでもいい。オレはお前のような娘が、泣きながら命乞いをする姿が見たいだけだ」

しかし、娘は決して盗賊に助けてほしいと言いませんでした。
盗賊は呆れながらも、娘を青い龍の前に連れて行きました。

盗賊「青い龍よ。この娘との約束の話は本当か」
龍「あぁ、本当だとも」
盗賊「さぁ、娘よ。青い龍に命乞いをしろ」
娘「私を助けてはいただけませんか」
龍「それはならぬ」
娘「えっ……」
龍「お前との約束はひとつだけだ。争いをとめることができれば月を返す。それだけだ」
盗賊「はっはっはっは!これは傑作だ!青い龍は争いを止める気はないらしい」
娘「それならば、私の命に意味はありません」
盗賊「意味がないのならば、オレが意味を持たせてやろう」
娘「それはどういう……」
盗賊「青い龍よ、この娘の命を助けたければ、お前の持っている財宝をオレに渡せ」
娘「なんてことを」
龍「よかろう」

娘を憐れに思った青い龍は盗賊に財宝の在り処を教えました。

盗賊「これでもう一度、お前の命に意味はなくなった」

盗賊は娘を剣で切りつけました。

龍「愚かなる人間よ!」

青い龍は怒り狂い、湖に津波をおこし、大地に雷を落としました。
その怒りは3日3晩続き、多くの町が跡形もなく消え去りました。

青い龍が怒りから我に返ると、湖のほとりにある大きな樹の枝に、娘の着ていたヴェールがひっかかっていました。
青い龍は多いに悲しみ、そのヴェールを咥えて天に昇りました。
龍はやがて夜空で舞うようにしてとぐろを巻き、青く輝く月となりました。
こうして青い三日月は再び夜空に輝くようになったのです。

ん?アリス?
おーい、アリス。
なんだ、また眠ってしまったのか。
こんな悲しいお話でもすぐ眠ってしまうんだからな。
まぁ、しょうがないか。
さて、私も寝ることにするかな。