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今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですがアリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っていて、バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っているからです。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、そんなアリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん。今日はね、決まりごとの話をしていたの」
バクさん「決まりごと?」
アリス「うん。決まりごとって誰のためにあるの?」
バクさん「そりゃみんなが暮らしやすくするためにあるのさ」
アリス「でも、決まりごとで、とても嫌な思いをする人もいるじゃない?」
バクさん「なるほど。それじゃぁ今日は森の掟っていうお話をしてあげよう」
アリス「おきて?」
バクさん「森を守るための決まりごとのお話さ」

キツネは今日も森をパトロールします。

キツネ「この森は放っておくと悪くなる一方だ」

キツネはそう呟きながら、森を荒らす連中を見つけて注意をしていくのです。
意味もなく草をむしっている動物を見つけては注意をし、ゴミを捨てている動物を見つけては説教をしていきます。
キツネは自分が嫌われている事を知っていました。
例え嫌われていても、誰に何と言われていようとも、それが森のためなのだからと考えています。
むしろ嫌われ役を自分が買って出ているのだという思いで、今日もパトロールをしています。
キツネがふと気づくと森の入り口に見慣れないオオカミが倒れていました。
キツネが恐る恐る近づいていってみるとオオカミは苦しそうに唸りながら目を開きました。
どうやらまだ生きているようです。

オオカミ「この森のキツネか」

オオカミは立ち上がろうとしますが、うまく立ち上がれません。

キツネ「この森に何の用だ」

キツネがオオカミを睨みながらそういうと狼は苦笑したように笑いました。

オオカミ「安心しろ、この怪我では暴れる事などできん」

キツネはそれを聞いて安心し、オオカミのそばに行きました。

キツネ「怪我をしているのか?」
オオカミ「そうだ。群れに追われてな」
キツネ「なぜ?」
オオカミ「さぁ、なぜだろうな。以前はわたしがその群れをまとめていた筈なんだがな」
キツネ「自分の仲間に追われたのか」
オオカミ「そうだ。それよりもキツネよ。水を飲ませてくれないか?」

狼はそう言うと疲れたように目を閉じました。

キツネ「わかった」

キツネは近くの泉に水を汲みに行きました。

キツネが泉から戻ってくると、狼は目を閉じたままでした。
狼が死んでいるのではないかと思ったキツネは慌てて狼に近づきました。
しかし、狼は眠っているだけのようでした。
目を閉じた狼の前には、少しばかりの食べ物が置かれていました。

キツネ「水を持ってきたぞ」

キツネが声をかけると狼は目を開きました。

オオカミ「ありがたい」

狼はキツネが持ってきた水を少しずつ飲み始めました。

キツネ「話を聞かせてくれないか」

キツネは狼に興味を持ちました。
群れの中で一体なにがあったのか。なぜ追われるような事になったのか。

オオカミ「いいだろう。水を飲ませてくれたお礼だ。なんでも答えるぞ」
キツネ「なぜ自分の仲間に追われることになったんだ?」
オオカミ「そうだな。わたしは嫌われていたからな」
キツネ「嫌われていたのに群れをまとめていたのか?」
オオカミ「そうだ。それがわたしの役目だったのだ」

役目。キツネはその言葉になぜかドキリとしました。

キツネ「今思えばわたしは、何かと口うるさいヤツだったのだろう」

そして、オオカミは誰かが持ってきてくれた食べ物を食べながら、ゆっくりと話しはじめました。

最初から嫌われていたわけではなかったこと。
自分の考えをはっきりと言うことで仲間に認められていったこと。
いつの間にか群れのまとめ役になっていたこと。
どうしても言う事を聞かない動物がいたこと。
言うことを聞かない動物のために決まり事を決めたこと。
決まりごとを破った動物に罰を与えなければならなかったこと。
誰かが嘘をついて、何もしていない動物に罰を受けさせたこと。
そこから群れがおかしくなっていったこと。
自分も嘘をつかれて罰を受けなければならない事になるのではないかと、みんな怯えていたこと。
罰を受けなければならない事になる前に、多くの動物が罰を与える側に回ろうとしたこと。
そして森は壊れた。
オオカミは追放された。

オオカミ「少し疲れたな」

オオカミはそう言うと、静かに横になりました。

オオカミ「済まないが、また水を持ってきてくれないか」
キツネ「わかった」

キツネはオオカミの話にショックを受けていました。
うなだれながらオオカミに水を持っていくとフクロウがいました。

フクロウ「ダメだったようじゃな」

フクロウはキツネを見るとそう言いました。
オオカミは死んでいました。
キツネは静かに眠っているようなオオカミの姿を見てつぶやきました。

キツネ「どうしてこうなったんだろう」
フクロウ「良かれと思ってやった事が仇になるとは、皮肉なもんじゃな」

フクロウの言葉にキツネは驚きました。

キツネ「話を聞いていたのか?」
フクロウ「そうじゃ。食べ物を持ってきたのもワシじゃ」

キツネはどうして?と聞こうとしましたが、フクロウは答えてくれない気がして黙っていました。

フクロウ「決まりごとというのは確かに必要なものじゃが、決まりごとがみんなを縛りつけるという事もあるんじゃな」

キツネは考えました。
このオオカミは、もしかしたら自分だったのかもしれない、と。
キツネは決心をしてオオカミに背を向けて歩き始めました。

フクロウ「どこに行くんじゃ?」

フクロウに振り向きながらキツネは言いました。

キツネ「そのオオカミのお墓をお願いします。ボクは最初からやりなおしてみます」

フクロウは深々と頷きました。

フクロウ「そうか。そうじゃな。わかった」

キツネは森を離れて旅に出ました。
オオカミはフクロウによって作られた森の片隅のお墓で眠り続けます。
この森とキツネを見守りながら。

ん?アリス?
おーい、アリス。
なんだ、また眠ってしまったのか。
まぁ、少し難しい話だったから、しょうがないか。
さて、私も寝ることにするかな。