Menu

今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですが。
けれども、アリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っています。
バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っています。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、アリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん。雨の音がうるさくて眠れないの」
バクさん「そっか。今夜は雨が酷いみたいだからね」
アリス「朝からずっと降ってるの」
バクさん「それじゃぁ、今夜は雨の夜のお話をしようか」
アリス「うん」

昔、東の王国に英雄がいました。
英雄は、北から攻め込んできた民族を食い止め、有名になりました。
しかし、有名になってからでも彼は変わりませんでした。
周囲の人達に常に優しく、自分を大きく見せることもなく、嘘もつかない。
彼はやがて人々から「白の騎士」と呼ばれるようになり、多くの人達から愛されました。
しかし、人々を苦しめる西のドラゴンを倒しに行き、なんとかドラゴンを倒しましたが、受けた傷が深く、彼は王国に戻る途中で死んでしまいました。
死んだ英雄の骨は、一緒にドラゴンを倒した仲間により王国へ持ち帰られ、丘の上に建てたお墓に埋められました。
このお墓を中心に東の王国ができあがりました。

英雄が死んで100年もの年月が経ちました。
英雄がドラゴンを倒してしばらくは平和でしたが、南の台地に雨の魔女が住み着き、人々を苦しめはじめました。
英雄の仲間の孫たちが、雨の魔女を倒しに南に向かいましたが、生きて帰ってくることはありませんでした。
王国の人達は英雄の復活を望みました。
そして英雄が復活するよう、女神に祈ったのです。 
女神は王国の人達の願いを聞き入れ、英雄を復活させました。
ただひとつの約束と引き換えにして。

女神「白の騎士の名に恥じぬよう、決して嘘を吐いてはいけません」
女神「この約束を違えれば、すぐさま再び灰に還るでしょう」

蘇った英雄は雨の魔女を倒しに南の台地へと向かいました。
雨を降らせ、水によって木々をなぎ倒し、大地のすべてを押し流す魔女はとても強く、英雄は3日3晩をかけて魔女を倒しました。
雨が強く降りしきるなか、魔女は英雄に語りかけます。

魔女「英雄よ、お前は何故王国を救おうとするのだ」
英雄「わたしが愛した人達であり、わたしを愛してくれた人達だからだ」
魔女「本当にそうか?」

魔女は剣を構える英雄を見て笑いました。

魔女「わたしは知っているぞ。お前が死んだのはドラゴンに受けた傷のせいではないことを」

英雄は魔女の言葉を聞いて、とどめを刺そうとする動きを止めました。

魔女「わたしは知っているぞ。お前が死んだのは、あの国王に背中から刺されたせいではないか」
英雄「黙れ」
魔女「なのになぜ、あの王国がお前を愛していると言えるのだ。あの王国はお前の仇ではないか」
英雄「それは違う。あの王国の人達は、わたしを愛してくれたのだ」
魔女「ならばなぜ、あの国王はお前を殺してのうのうと王座に座ったのだ」
英雄「お前は誰だ。なぜそんな事を知っている」
魔女「わたしを忘れたのか、英雄よ。お前と一緒に死んだ事にされた魔術師のことを」
英雄「いや、違う。そんな筈はない」
魔女「お前はあの国王に利用されて、殺されて、その屍の上に国を建てられたのだ。憎くはないのか、口惜しくはないのか」
英雄「違う。違うのだ。わたしはドラゴンに殺されたのだ。あいつに殺されてなどいない!」

魔女が笑い声をあげます。

魔女「あっはっはっはっは!聞いたか女神よ!こやつの嘘を!」

英雄の右腕が、ぼとりと地面に落ち、構えていた剣が大地に突き刺さりました。

英雄「仕方のない事だったのだ」

英雄は雨が激しく降りそそぐ天を仰ぎます。

魔女「仕方ない?何が仕方ないというのだ?」

英雄が左腕で剣を拾い上げ、無造作に魔女に突き刺しました。

魔女「おまえ……」
英雄「たとえわたしが死んだとしても、お前のような王国に害を成す者を放っておくわけにもいくまい」
魔女「そこまで……」
英雄「わたしが嘘を吐かなければ、この東の王国は悪逆の王国となり、それに不満を抱く者たちによって反乱が起きてしまうのだから」

雨の中、英雄は膝を付き、崩れていく我が身を眺めました。

英雄「白の騎士は、真実とともに灰に還ろう」

その言葉を最後に英雄の姿は雨の中に崩れ落ちたのでした。

英雄は雨の魔女を倒し、人々は再び帰らぬ人となった英雄を嘆き、東の王国はその後300年に渡って栄えたのだとか。

おや?アリス?
おい、アリス。
なんだ、やっぱり眠ってしまったのか。
キミはいつもボクの話を最後まで聞かずに寝てしまうね。
まぁ、しょうがないか。
さて、ボクも寝ることにするかな。