赤は嫌いだった。
私を置いて逝ったあの人の身体を覆っていた、その色の意味を知っているから。
黒は嫌いだった。
私の心をじわりじわりと支配していく、何処までも続く闇に似た、孤独な色だから。
だから。
だから、白い花を摘んで。
夜が怖くないように。
貴方が傍にいると思えるように。
……そう願ったのに。
いつの間にか涙が頬に流れても、その涙を拭ってくれる貴方はそこに居なくて。
泣き疲れて眠った朝に、伏せた目を開いても、貴方はそこには居なくって。
白い花は、いつの間にか枯れてしまった。
目が覚めたら貴方はそこに居る。
そう願って、祈って、瞳を開けても、貴方は……。
「なぁ、そんな所で寝てたら、風邪引いちゃうよ?」
風が、優しく頬を撫でている。
声が……聞こえたような気がした。
今日もまた、何時の間にかソファで眠っていた。
あれはきっと、風が幻聴を聞かせただけだ、と。
それでも、心の中で小さく疼く期待に押されて薄目を開けて……慌てて身体を起き上がらせた。
「駅まで来るとばっかり思ってたから、心配したんだぜ?」
そこには。
壁に肩を凭れかけた貴方が、にこりと笑って立っていた。
これは夢だ。
物凄く幸せな、夢。
一瞬、そんな考えが私の頭の中を渦巻いて、真っ白になる。
貴方は私の表情に堪え切れなくなったのか、顔を背けてクスクス笑っている。
「なるほどな、そうゆうことか。これでもか! というほど、何度も何度も手紙に書いたのになぁ……」
笑いがまだ止まらないまま、貴方はそう言った。
「ほんとに……ほんとに……一緒に居られる?」
疑ってしまうのは、別れが訪れることに怯えているから。
ずっと一緒に居ることは、出来ないから。
「俺がおまえに嘘ついたこと、ある?」
急に貴方の顔が真剣になって、答えも聞かないうちに、私の唇を奪った。
貴方の指が、私の頬を撫でている。
それは、どんな言葉よりも優しいもので、どんな言葉よりも私を安心させてくれるもの。
貴方の唇の感触とか、抱きしめる腕の力強さとか、体温とか。
貴方の持つもの全てが、優しくて、温かい。
唇を離すと、貴方はまたにこりと笑って、悪戯っぽいその目を細めた。
「If you can dream it, I ALWAYS be with you, princess, to wipe your tears…」
(もし、おまえが望むなら、俺はずっと傍にいるよ、お姫さま。おまえの涙を拭うために……)
”ずっと”
ずっと一緒に居られるなんて、ある筈ないのに。
何故、貴方の胸に抱きしめられた日は、いつもこんなに永遠を感じるんだろう。
”ずっと傍にいて”
なんてこと、叶えられる筈ないのに。
その言葉を、貴方は何故、否定しないんだろう。
その唇。その瞳。そのぬくもり。
いつも強くあろうと思うのに、貴方の優しい言葉は、私の瞳を濡らしていく。
その涙を、貴方は優しく拭ってくれる。
「Even distance couldnʻt keep us apart」
(例えどんなに離れていようと、俺達を引き裂くことなんかできないんだから)
私の頬に、涙が幾筋もの跡を作った頃。
「……I love you」
(……愛してるよ)
貴方は、そう、呟いた。
その言葉は何度も……何度も聞いていたのに。
その言葉を聞く度に、抱きしめられたように安心する。
コ ド ク ナ ハ ク チ ュ ウ ム カ ラ
ワ タ シ ヲ メ ザ メ サ セ テ ク レ タ ノ ハ
ア ナ タ デ シ タ
涙さえ、優しさへと変わっていく……。