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今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですが、アリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っていて、バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っているからです。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、そんなアリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「んー、ちょっと」
バクさん「ちょっとって?」
アリス「今日ね、綿毛が飛んでたの」
バクさん「綿毛?」
アリス「うん、タンポポの綿毛」
バクさん「あぁ、もうそんな季節だ」
アリス「どこに飛んで行くのかなーって思ってたら、眠れなくなっちゃった」
バクさん「そうか。じゃぁ、今日は綿毛のなかった頃のタンポポの話でもするかな」

第三話「どこにも行けなかった花」

道端にタンポポが咲いていました。
タンポポはとても強い草花で、暑い夏も、寒い冬も乗り越えて、春になると黄色い花を咲かせます。
けれども、タンポポは、黄色い花を咲かせた後、そのまま種を残すだけで1年が過ぎてしまうのをずっと不満に思っていました。
何年経っても変わらない日々が続くことを不満に思っていました。

ある春の日のことでした。
タンポポは、よく晴れた空を見上げながら、風にその葉を揺らしていました。
空にはいろんな鳥が飛んでました。
しばらくすると、空を飛んでいたスズメがタンポポの側に降りてきました。
スズメはそのクチバシに小枝を咥えていました。

「キミは何を口にくわえているの?」

スズメはタンポポに話しかけられたことに驚きましたが、小枝を地面におろしてタンポポへと近づいてきました。

「枝だよ。今から巣作りしなくちゃいけないんだ」
「巣作りってなあに?」
「子供を産んで育てるためのおうちだよ」
「ふーん……」

タンポポには子供を育てるというのがよく分かりませんでした。
タンポポにとって、自分の子供というのは、自分が枯れてしまった後に勝手に育つものだったからです。

「スズメさんの子供って、育てなきゃダメなんだ」
「そうだね。育ててあげないと、生まれたばかりのひな鳥は空も飛べないからね」
「飛べるようになるまで大事に育ててあげないとダメなんだね」
「うん、大事に飛べるようになるまで育ててあげないとね。空を飛べないままだと、大きな鳥達に食べられすぎて、ボク達スズメがこの世からいなくなっちゃうからね」

それでもタンポポにとって、大事に育てられるという事がどういうものなのか、よくわかりませんでした。
だって、タンポポはいつの間にかここに生まれ、気付いたらここで花を咲かせていたのですから。
青い空を心地よい風が吹いています。その風がタンポポの花を揺らして行きます。
そして、この風がスズメの羽を空高くまで運んでいくのを想像して、タンポポはほんの少し切なくなりました。
なぜボクは空を飛べないんだろうか?

「ねぇ、スズメさん。空を飛ぶっていうのは、どんな気持ち?」
「そりゃ、いい気分だよ。空はとても広いからね」
「いいなぁ。ボクも空を飛べたらなぁ」

スズメもタンポポの言葉を聞いて、青い空を吹いていく風を見上げました。

「そうだ、タンポポくん」
「なあに?」
「この前、風の精霊さんと仲良くなったんだよ」
「風の精霊?」
「うん、風の精霊さんはね、風に乗せて色んな物を運んでくれるんだよ」
「スズメさんも?」
「そう。ボク達も風の精霊さんのお陰で飛ぶ事ができるんだ」
「そうなんだ」
「ボク達が生き残るために風の精霊さんはいろんなところにボク達を運んでくれる。ボク達の羽は、生き残るために神様が与えてくれたものなんだなって思うんだ」
「いいなぁ」
「だからね、タンポポくんも、生き残るためにだったら、空を飛べるかもしれない」
「ホント?」
「ボク達の羽みたいに軽ければ、風の精霊さんがきっとタンポポくんを運んでくれると思うよ」
「そうなんだ!」
「ボク、風の精霊さんに相談してみるよ」

そう言ってスズメは空へ向かって飛んでいってしましました。

タンポポは待ちました。
ずーっと、ずーっと待って、1年が過ぎようとした頃、突然空から声が聞こえてきました。

「タンポポよ」
「え?誰?」

タンポポは聞き返しましたが、まわりには誰も居ません。

「ワシは風の精霊じゃ」
「風の精霊さん!ボク、飛べるようになれますか?」
「空を飛ぶようにする事はできる。そのように神様と話をしてきた」
「空を飛べるようになれるんですね!」
「じゃがしかし、ひとつだけお前が失うものがある」
「えっ?何?」
「お前が生き残るために空を飛べるようにするということは、空を飛べなければお前が死んでしまうという事にしなければならない」
「は、はい」
「今、お前は何年も生き、春になると毎年黄色い花を咲かせておる。空を飛べるようにする代わりにこれを失わなければならん」
「どういうことです……?」
「つまり、1年限りの命になるという事じゃ」

タンポポは悩みました。

「どうじゃ、やめるか?」

風の精霊は優しい声で問いかけてきます。

「いえ。空を飛べるようにしてください」

タンポポはそう決心したのでした。

空を風が流れていきます。
ゆっくりと優しく、そして時には強く。
タンポポはその生命を終わろうとしていました。
黄色い花はすっかり白い綿毛になって風に揺れています。
風が強く吹きました。
白い綿毛が風に吹かれて空に舞い上がって行きます。

「あぁ、ボクは空を飛べなかったけれども、こうやってボクの子供達が空を飛んで行くんだ。新しい場所を探して」

風が流れていきます。

「ボクじゃないボクが、ボクの分身が、ボクの子どもたちが、新しい何かを見つけていくんだね」

ゆっくりと優しく流れていきます。

「とても素敵なことじゃないか」

そうしてタンポポは眠りについたのでした。

ん?アリス?
おーい、アリス。
なんだ、もう眠ってしまったのか。
最後まで聞いてたという事がないな。
まったくもう、しょうがない。
まぁ、いいか。
私も寝ることにするかな。