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今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですが、アリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っていて、バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っているからです。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、そんなアリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん、お昼寝をしてたら怖い夢を見たの」
バクさん「そうか。お昼寝の時はボクもいなかったからね」
アリス「うん、怖かった」
バクさん「どんな夢だったんだい?」
アリス「狼が鳴いてるの」
バクさん「狼か」
アリス「月に向かって鳴いてたの」
バクさん「じゃぁ、今日は狼のお話でもしようか」
アリス「うん」

第五話「夢を呼ぶ声」

ある夜、狼が野原を散歩していると、暗い空に流れ星が綺麗な尾を引いて横切って行きました。
その流れ星はいつもの流れ星とは違って、どこまでも尾を引き、森の中へと消えていきました。
綺麗な星を見たくなった狼は、慌てて流れ星を追いかけて森の中へと入って行きました。
狼が流れ星を見つけたのは、森のなかにある綺麗な泉の中でした。
流れ星は泉の上に浮かんでいました。

狼「キミがさっき空から落ちてきた流れ星かい?」
月のカケラ「そうだよ」

流れ星はゆったりと水の中に漂っていました。

狼「どこから来たの?」
月のカケラ「お月様」
狼「お月様?お月様ってあの月かい?」
月のカケラ「そうだよ。ボクはあのお月様のかけらなんだ」

流れ星は泉の水面を揺らしながら楽しそうに笑いました。

狼「うん、今日のお月様は欠けているね」

狼が森の木々の向こうで輝いているお月様を見上げて言いました。

月のカケラ「あの欠けているところがボクってわけさ」
狼「そうなんだ。じゃぁ早く帰らなきゃいけないんじゃないのかい?」
月のカケラ「そうなんだけど、ちょっと怪我しちゃったみたい」
狼「それは困ったね」
月のカケラ「この怪我が治るまではここに居ることにするよ」
狼「ボクもここに居ることにしよう。キミも不安だろうからね」
月のカケラ「ありがとう」
狼「だけど、ボクがここに毎晩来ていることはひみつにしてくれないかな?」
月のカケラ「どうして?」
狼「ボクはこの森のみんなから嫌われているからさ。ボクがここに来ているのがみんなに知られると、キミにも迷惑がかかりそうだ」
月のカケラ「わかった」
狼「よろしく」
月のカケラ「うん、よろしくね」
狼「夜空から見下ろす地面はどんな感じなんだい?」
月のカケラ「そうだなぁ……」

狼と月のカケラは泉でいろんな話をしました。
そして夜が開けて狼が眠くなると、月のカケラは狼にこう言うのでした。

月のカケラ「今夜もよい夢を」

そうして眠った狼は、必ずとても幸せな夢を見ることができたのでした。

狼は夜の間に泉へやって来ては、一晩中月のカケラと話をします。
朝がやってくると狼は草原にある自分の家に帰って眠りにつきました。
そうして月のカケラが話してくれた色々な話を夢見ながら眠るのでした。

昼になると泉には色んな動物がやって来ます。
月のカケラは、泉に水を飲みに来た動物達とも色々な話をしました。
森の動物たちと話をしていると、やっぱり狼はみんなに嫌われているようでした。
ある日、月のカケラは熊に狼の事を聞いてみました。

月のカケラ「草原に住んでいる狼のことを知っている?」
熊「あぁ、あの狼か。ヤツがどうしたって?」
月のカケラ「この前、ちょっと会ったんだよ。狼と」
熊「あいつには近づかないほうがいいぜ」
月のカケラ「どうしてさ?」
熊「あいつはみんなを殺そうと狙っているからさ。夜にならないとこの森にやってこないのもそのせいさ」
月のカケラ「そんな……」
熊「キミも気をつけろよ。あいつに狙われたら、あっという間に殺されるって話だからな」

月のカケラは熊の言う事を信じたくありませんでした。
月のカケラは森の動物たちの狼への誤解を解こうと思いました。
森の動物のそれぞれに、辛抱強く狼の事を話して聞かせました。

もうだいぶん傷も治った頃、月のカケラは泉にやってきた狼に、森の動物たちと話をしたことを言いました。

狼「なぜ森のみんなにボクの話をしたんだい?」
月のカケラ「キミがいいやつだからだよ」
狼「どういうこと?」

狼は怒っているようでした。

月のカケラ「森のみんなにキミが嫌われているのはおかしいっていう話をしたんだ」
狼「どうしてそんなことをしたんだ?」
月のカケラ「どうしてって……」

月のカケラは困ってしまいました。

狼「ボクは嫌われ者のままでよかったのに」
月のカケラ「どうしてさ?嫌われ者のままでいいってどういうこと?」
狼「狼は怖がられていないといけないんだよ」
月のカケラ「怖がられて?」
狼「そう。狼はこの森に入ってくる悪いヤツや、この森の中で悪い事をするヤツをやっつけなければいけないんだ。だから怖がられていなければいけないんだよ」
月のカケラ「そんな……」

月のカケラは狼が可哀想に思えてきました。しかし、可哀想という言葉を言うと、狼が怒ることもわかっていました。

狼「キミは約束を破った。この森から出て行ってくれないかな?」
月のカケラ「そうか、ボクは悪い事をしたんだね」
狼「うん。このままじゃボクはキミをやっつけなきゃいけない」
月のカケラ「わかった。それじゃあ、ボクは空に帰るよ」

そうして月のカケラは空へと帰って行きました。
狼は自分でも分からないまま、空に向かって吠えていました。
月へと帰ろうとするカケラに向かって吠えていました。
その悲しそうな声を聞いて、森のみんなが集まってきました。
みんなは狼に謝りに来たのです。
そして狼の悲しそうな遠吠えの理由が、月のカケラがいなくなったせいだと気づき、空を見上げました。
動物たちは狼に近づいて、空へと帰っていく月のカケラを見上げました。

狼は突然、気付きました。
自分が寂しいと思っていた事に。
月のカケラがやってくれた事を嬉しいと思っていた事に。
そして、自分がやらなければならないと思っていたことにこだわり過ぎて、自分の心に蓋をしてしまっていた事に。

狼「ごめん……」

狼の眼にはいつの間にか涙が浮かんでいました。

狼「ボクはみんなと仲良くなりたかったんだ」

狼は夜空に輝く月を見上げました。

狼「それがボクの夢だったんだ」

狼は大声で月のカケラを呼びます。

狼「キミとも友達のままでいたかったんだよ」

狼の声は大きく、低く、夜空に響き渡るのでした。

こうして、狼は自分の間違いに気づき、月を見上げては月のカケラを大声で呼ぶようになったんだ。
ん?
おやおや、またお話の途中で眠ってしまったんだね。
あんなにこわがってたのにのんきなものだなぁ。
さて、私も眠ることにするかな。