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今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですがアリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っていて、バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っているからです。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、そんなアリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん、頭のなかで犬が鳴いてるの」
バクさん「犬?」
アリス「うん。お昼にね。鎖に繋がれたおっきな犬が鳴いてたんだ」
バクさん「怖かったんだ?」
アリス「ううん。でも……」
バクさん「でも?」
アリス「ちょっとかわいそうだった」
バクさん「なぜ?」
アリス「鎖に繋がれてたから」
バクさん「そうか。それじゃぁ、今夜は鎖に繋がれた犬の話をしよう」
アリス「どこにも行けなくて可哀想なお話?」
バクさん「さぁ、それはどうかな」

狐は冬になってあまりご飯にありつけていませんでした。
その年の冬は特に寒さが厳しく、森の中で食べ物を見つけられなくなってしまった狐は、食べ物を求めて町へと向かいました。
町にも小雪がちらつき、狐は積もりつつある町の雪を眺めながら町の中で食べ物を探していました。
食べ物を探してある路地を曲がると、鎖で繋がれた大きな黒い犬が狐に話しかけてきました。

犬「おい、そこの狐くん」

狐はその大きさにちょっとびっくりしましたが、鎖で繋がれているのを見て安心し、大きな黒い犬の話につきあうことにしました。

狐「なんだい?」
犬「お前さん、ここいらでは見かけない顔だけど、どこから何をしに来たんだい?」
狐「山の森の中からさ。山に食べるものがなくなってね。それで町に出て食べ物を探そうかって思ったわけ」
犬「なるほど」
狐「そうだ。どの辺に食べ物があるのかを教えてもらえないかな」
犬「そうだな。こっからあっちの方に道を3本渡ると、でっかい食い物屋があってだな。その裏には毎晩ゴミと一緒にいっぱい食べ物が入ってるって話だ」
狐「それは、人から聞いた話なのかい?」
犬「近所をウロウロしてる猫から聞いた話さ」
狐「あんたは行かないのかい?」
犬「見ての通り、鎖に繋がれてるからね」

大きな黒い犬の言った通り、食べ物屋の裏には毎晩食べ物が出されていました。
狐は毎晩のようにそこに行き、食べ物を貰って森に帰りました。
その行きがけに、多きな黒い犬の所に寄って、挨拶をしてくるのも忘れずに。

犬「相変わらず、森の中では食べ物を見つける事ができないのかい?」
狐「難しいね。うさぎいっぴき見かけやしない」

そんな世間話をしているのでした。

ある日、狐は黒い大きな犬に聞いてみました。

狐「キミはこの場所から離れることはできないのかい?」
犬「鎖で繋がれているからね」
狐「それはつまらないだろうに」
犬「そうでもないさ。気楽なもんだよ」

大きな犬は、大したことでもないという感じで答えるのでした。

犬「そういえば狐くん」
狐「なんだい?」
犬「どうやら、キミが町にやって来ていることに気付いた人間たちがいるようだよ」
狐「それがどうかしたんだい?」
犬「キミの毛皮はそこそこいいお金になるからね。じゅうぶんに気をつけた方がいい」
狐「なるほど。できるだけ人間に近づかないようにすることにしよう」

ある日、狐は店の裏とは別の場所で肉が落ちているのを見つけました。
お腹が空いていた狐は何も考えずにその肉を食べてしまいました。
しかし、その肉を食べた途端、狐の身体は痺れ始めました。
慌てて咥えていた肉を吐き出しましたが、しびれは体全体にまわり始めていて、思うように動きません。
ふらふらになりながらも、狐は危険を感じてその場所を離れようとしました。
しかし、脚がもつれてなかなか前に進めません。
脚がもつれて倒れ、なんとか起き上がり、ふらふらと前に進み、また脚がもつれて倒れる。
そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか狐はいつもの黒い大きな犬が居るところまでたどり着いたのでした。

犬「おい! 狐くん! おい!」

犬は倒れこんだ狐を見ると、自分を繋いでいた鎖を引きちぎり、狐を大きな口で咥えるとご主人様の家に運び込みました。
大きな黒い犬のご主人様はとても優しい人で、狐を病院に連れて行き、狐は一命を取り留めました。

狐「キミはどうやってボクを助けてくれたんだ?」
犬「鎖を引きちぎったのさ」
狐「そんなことができるのか」
犬「この通り、大きな身体は見掛け倒しじゃないんだよ」
狐「それなのに、なぜおとなしく鎖に繋がれているんだい?」
犬「鎖で繋がれているから、勝手気ままに散歩ができないからつまらないって考え自体がつまらないのさ」
狐「えっ? どういうことなんだい?」
犬「ボクはいつでも、必要な時に必要な事ができればいい。あの時だってキミを助ける事ができた。それさえできれば、普段は鎖に繋がれていようとも何の不自由もないんだ」
狐「そうなのか」
犬「それに、ボクはいつでも必要な時に鎖を引きちぎることができるからね」
狐「ふーん……そういうものなのかな」
犬「そういうものなのさ」

犬は穏やかな声でそう言って、大きなあくびをしたのでした。

ん? アリス?
おーい、アリス。
なんだ、また眠ってしまったのか。
まぁ、しょうがないか。今回はちょっと難しい話だったしね。
さて、私も寝ることにするかな。