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幼少の砌より病がちで、事ある毎に臥せっていた。
伏して熱にうなされ、熱にうなされながらも夜半過ぎに目が覚める。
覚めたその視線の先には、夢か幻かは良くはわからないのだけれど。
間違いなく人に在らざる者が見えていた。
わたしには確かに鬼神の類が見えていたのだ。

もののけ、ゆうれい、ようかい、おばけ。
そういった者共が、熱にうなされるわたしの枕の上を跋扈していた。
ある者は首がなく、ある者は尻尾が生え、ある者は角があり、ある者は人の形すらしていない。
そういった者共がある時には騒がしく、ある時には音もなく臥所の傍らを通り過ぎていく。
わたしは確かに怖いと感じながらも、興味深くその様子を目で追いかけていた。
幸い鬼神達はわたしに気づくこともなく、何かに導かれるようにして闇の向こうへと消えていくのが常だったように思う。
たいていそういった者共は夏場が盛りだと言われるけれども、わたしには季節の移り変わりに関わりなくそれらが見えていた。

春、夏、秋、冬。
桜の花びらと共に舞い。
風鈴の音と共に走り去り。
望月と共にそこに座し。
吹雪と共に轟々と唸る。
常にそこに在り、常に臥所を過る者共。
伏せがちであったわたしにとって、彼等はわたしの友人でもあった。

移り往く季節と共に鬼神達が訪れる日々。
それでも夏という季節はわたしにとっても特別な季節であったのだ。
暑さがわたしの熱を押し上げるのか、はたまた、お盆が近いせいなのか、様々な鬼神の類を見ることが多かった。
お盆になると、村の真ん中にある神社で夏祭りが行われる。
夏祭りが近づくと、こんなわたしでも、それはもう楽しみで楽しみで。
楽しみだからこそ浮かれてしまい、熱が上がる。
夏祭りを前にして熱が上がり、遂には寝込む。
済めばやおら熱が下がり、鬼神達はそぞろ闇へと消えゆく。
鬼達は現し世を去りながら、耳に残るような調子で詩を歌うのが常だった。
朗々と詩を歌いあげながら、闇の向こうへと消え去っていくのだった。

遙かなる彼方より来られし御方
木打ちの音鳴らして神降ろさむ
鬼神酔笑して宴に遊び
飛天宙に舞いて散華を散らす
満たせし杯月影差し込みて
欠け往く命も映ゆる酒ありなむと覚ゆ

今ならば分かる。
あの詩の意味が。
臥所より仰ぎ見ゆ天上の月。