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今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですがアリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っていて、バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っているからです。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、そんなアリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん。外で唸り声がする」
バクさん「唸り声? あぁ、風の音か」
アリス「あれは風の音なの?」
バクさん「そうさ。あれは風がお家やお庭に生えている樹とぶつかって音をたてているんだ」
アリス「そうなんだ」
バクさん「そうだな。今夜はちょっとうるさい風のお話をしてみようか」

キタカゼは今日も森の中を自由に走り回っています。
地を這い、丘を登り、木々の間をすり抜けていろんなところを走り抜けていきます。
キタカゼが森を駆け抜けていると、草むらの中から声がしました。

ヘビ「やぁ、キタカゼくん」
キタカゼ「やぁヘビくん。だいぶん冷えてきたね」
ヘビ「うん、今年ももうすぐ冬だからね」

キタカゼが渦を巻いて草むらを覗き込むとそこには小さなヘビがいました。
季節は秋。けれどもそろそろ冬支度をしなければならない、冬になりかけた森の秋。

ヘビ「今年もまた北の寒い空気を運んでるんだね」
キタカゼ「そうさ。こうしないと冬になれないからね」

キタカゼはそういうと腕に抱えている冷たい空気をちょっと持ち上げました。

ヘビ「だけど、今年はずいぶんと静かに走るんだね」
キタカゼ「あー、それはね。ついこの間、全力で走ってたらフクロウに音がうるさいって怒られてね」
ヘビ「だからびゅうびゅうと鳴らないのか」
キタカゼ「フクロウに言われて気づいたのさ。みんな静かな方がいいのかなって思ってさ」
ヘビ「なるほど」
キタカゼ「おっと、こうしちゃいられない。はやく冷たい空気を配って回らなきゃ」
ヘビ「そっか。じゃぁ、頑張ってね」
キタカゼ「うん、ヘビくんもはやく冬支度をするんだよ」
ヘビ「ありがとう」

しかし、風と別れた蛇は、考え込んでしまいました。

ヘビ「冬支度っていつからやり始めてたっけ?」

と。

キタカゼはその日も静かに森の中を駆け回りながら、北から運んできた冷たい空気を配っていました。
すると、いつもこの時期には冬眠をはじめている筈の熊に出会いました。

キタカゼ「おや?熊さん、まだ冬眠してなかったのか」
クマ「うん?誰かと思ったらキタカゼさんじゃないか。今年は来ないのかと思っていたよ」
キタカゼ「そんなことはないよ。毎年ちゃんと来なきゃ冬にならないじゃないか」
クマ「それもそうだけど、今年はほら、全然騒がしくないじゃないか」
キタカゼ「そりゃ、あんまりうるさくすると怒られるし」
クマ「怒られたのかい?」
キタカゼ「うん、まぁね」
クマ「そうか、それで静かだったのか」

クマは大きなくしゃみをしました。

キタカゼ「ありゃ。風邪かな?」
クマ「寒いと思った。もうこんな季節なんだね」
キタカゼ「まさか、全然わからなかったの?」
クマ「いつもはキタカゼさんの走り回る音で冬支度をするもんだからね」

キタカゼは驚きました。

キタカゼ「それじゃぁまだ冬支度をしていないのか」
クマ「まいったね。雪が降る前になんとかしなくっちゃ」
キタカゼ「それじゃ、クマさんみたいに冬支度を全然してない人もいるってことか!!」

キタカゼは大慌てで森の中を見て回りました。
すると熊さんと同じように、まだ冬支度をしていない動物たちがクシャミや咳をしていました。

キタカゼ「なんてこった!!ボクが静かに冷たい空気を運んでたせいでみんなの冬眠が間に合わない!!」

キタカゼは冷たい空気を放り出して、全力で森を駆け回ります。
枯れ葉を巻き上げ、枝をくぐり抜け、木の幹をかわして渦を巻き、びゅおうびゅおうと唸りを上げて。

キタカゼ「冬がくるぞー!!」

その声と唸りは森全体に響き渡りました。
森の動物達はようやく冬が訪れる事に気づいて、慌てて冬眠の準備を始めたのでした。
キタカゼが寒い空気を放り出して森のみんなに知らせて回ったお陰で、その年の冬はほんのちょっとだけ遅れたのでした。
その後、キタカゼは冬の神様にたっぷり怒られたのだけれども。

ん? アリス?
おーい、アリス。
なんだ、また眠ってしまったのか。
今度こそ最後まで聞いていると思ったんだが。
まったくもう、しょうがないなぁ。
まぁ、いいか。
私も寝ることにするかな。