今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですが。
けれども、アリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っています。
バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っています。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、アリスにお話を聞かせようとしています。
バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん。お話きかせて」
バクさん「今日はどんなお話がいいかなぁ」
アリス「お月さま!」
バクさん「お月さま?」
アリス「ほら、外に凄い綺麗なお月さまが出ていたでしょ?」
バクさん「なるほど。それならお月さまの話をしようか」
アリス「うん」
とある豊かな国に、神の言葉をみんなに伝える巫女がいました。
彼女は、神の言葉を聞くために、『太陽の仮面』と呼ばれる黄金色の面をかぶります。
太陽の仮面を被って、舞を踊り、神の言葉に聞き耳を立てるのです。
みんなは彼女の事を『太陽の巫女』と呼び、とても大事にしていました。
しかし、彼女は生まれつき、声を出すことができませんでした。
太陽の巫女には妹がいました。
太陽の巫女は神から告げられた預言を文字に起こし、妹がそれをみんなに伝えていました。
姉が神からお告げを授かるために踊る舞を、妹はいつも間近で見ていました。
「なんという美しい舞なんだろう」
妹は姉の舞を見る度にそう思いました。
「あの舞は、とても人間のものとは思えない」
妹は姉をいつも羨ましく思っていました。
美しく舞い、神の声を聞く姉を。
「あの太陽の仮面さえあれば、私もあのように美しく舞い、神のお告げを聞く事ができるのだろうか」
妹はそう思わずには居られませんでした。
妹は夢を見ました。
妹は夢の中で太陽の仮面を被っていました。
彼女はとても幸せでした。
太陽の仮面をつけて晴れ渡る空の下で踊っていました。
太陽の仮面が踊り続ける彼女に語りかけます。
「お前は何者であるか」
彼女は答えることができません。
口を動かそうにも、自分の思い通りに動かすことが出来ないのです。
口だけでなく、彼女の身体そのものが、彼女の思い通りに動かすことができません。
彼女は思いました。
「これが神様をお迎えするということなの?」
彼女はただ、青い空の下で踊る事しかできません。
それでも彼女は幸せでした。
神様が自分の身体に宿っているという幸せだけが、彼女の心を満たしていました。
「お前は何者であるか」
太陽の仮面は、彼女に向かって更に問いかけます。
「お前は何者であるか」
彼女は心の中で答えました。
「神様…私は…私はあなたです」
太陽の仮面は妹の夢の中に何度も現れました。
やがて彼女は、本当の太陽の仮面を被りたくなってしまいました。
太陽の仮面はその国の宝物でした。
とても大事に守られていて、たとえ太陽の巫女の妹でも、勝手に触ることは許されていませんでした。
そこで妹は、太陽の仮面そっくりの仮面を作ることを考えました。
こっそりと偽物の仮面を太陽の仮面とすり替えて、誰にも気づかれないように太陽の仮面を手に入れる事にしました。
姉の被っている姿を見ているので、彼女は細かいところまで本物の太陽の仮面を覚えていました。
異国の魔術師と腕のいい職人にお金を払い、何ヶ月もかかって偽物の仮面は出来上がりました。
とても偽物とは思えないほどの出来栄えでした。
仮面をすり替える前の夜でした。
妹は本物そっくりの偽物の仮面を手にとって思いました。
「この仮面を被ったらどうなるんだろう?」
彼女はそんな思いを抑えることができなくなり、偽物の仮面を被りました。
すると、神様の声が聞こえてきました。
「お前は何者であるか」
彼女は答えました。
「私は、あなたです」
夢の中では出なかった自分の声を、彼女ははっきりと聞きました。
「されば応えよう」
神様の声が響きました。
月の光に照らされて、黄金色だった偽物の仮面が銀色に変わっていきます。
彼女は踊ります。
晴れ渡った星空の下で。
彼女は踊ります。
光り輝く月の下で。
彼女の舞に、人々が集まってきます。
彼女は踊ります。
仮面の下でその瞳に写るものは。
闇のしじまに戦いの音。
月の光に剣のひらめき。
星の光に魔術師の高笑い。
「民よ聞け!」
彼女は辺り一帯に響き渡る声が、自分の声だと気づきました。
「異国の民がこの豊かな大地を踏み荒らさんとしている!」
それは神の声であり、彼女の声でもありました。
「既にこの地に踏み入り、太陽の巫女を亡き者にせんとしている!」
集まって彼女の踊りを見ていた人々は、銀色の仮面の言葉を神のお告げだと思いました。
「盾を持て!剣を掲げろ!この国を踏み荒らそうとする者を退けろ!」
そう叫んだ彼女の背に、魔術師の刃が突き立てられました。
魔術師はすぐに取り押さえられましたが、彼女の傷は深く、助かりそうにありませんでした。
しかし、神の言葉を伝える事を決して辞めようとしませんでした。
「私は、例え偽りの者であろうとも、この国の民であり、この国そのものであり、この国を守ろうとする神です」
彼女の声は暗闇に響き渡りました。
崩折れ、涙を流す姉の腕に抱かれながら、最後の力を振り絞って、その場に集まっていたみんなに伝えました。
「そして、私はあなた達です」
太陽の巫女の妹によって企てを防がれた異国の民達は、戦いを諦めてすぐに引き上げていきました。
妹が被っていた銀の仮面は、「太陽の仮面」と対を成す「月の仮面」と名付けられました。
「月の仮面」は誰も被る者もなく、いまでも太陽の仮面の隣に飾られています。
おや?アリス?
おい、アリス。
なんだ、眠ってしまったのか。
ちょっと難しすぎたかな。
まぁ、しょうがないか。
さて、私も寝ることにするかな。