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今夜もアリスは、ベッドの上でバクさんにお話をせがんでいます。
バクさんというのは、アリスの体ほどもある大きなぬいぐるみの名前です。
本当はオオアリクイのぬいぐるみなのですが、アリスもバクさんもあまり気にしていません。
アリスはバクさんを夢を食べる動物だと思っていて、バクさんも自分は似たような動物だからいいか、と思っているからです。
とにかく、アリスは眠れないと、バクさんにお話をせがむのです。
今夜もバクさんは、そんなアリスにお話を聞かせようとしています。

バクさん「今日も眠れない?」
アリス「うん。お話きかせて」
バクさん「今日はどんなお話がいいかなぁ」
アリス「今日ね、ママに石を見せてもらったんだよ」
バクさん「あぁ、パパさんに貰った綺麗な石だね」
アリス「そう、青と緑のとっても綺麗な石だったの」
バクさん「今日はその青い石と緑の石のお話をしようか」
アリス「うん」

第一話『サファイアとエメラルド』

むかしむかし、遠い西の国のお話。
遠い西の国には、優しい王様がいました。
王様には娘がいて、その一人娘をとても可愛がっていました。
お姫様は、光がとても大好き。
青い空、輝く太陽、泉に映るまぶしい光。
お姫様は毎日のように外でいろんな光を見ていました。
彼女は光を見ると、とても幸せな気持ちになるのでした。

ある夜のことでした。
お姫様がふと目を覚ますと、とても綺麗な月が出ていました。
光が大好きなお姫様は、もっと月の光を見たいと思いました。
お姫様はベッドから抜け出し、お城の庭へと出てみました。
キラキラと青く輝く月の光が暗い空から降り注ぎます。
お姫様はこの光をいつまでも見ていたいと思いました。
それと同時に、いつも昼間に見ている光溢れる緑の木漏れ日も見たいと思いました。

次の朝、お姫様は王様に昨日の夜のことを話してみました。
姫様「青いお月様の光と、緑の木漏れ日を、いつでも一緒に見ることができるようにしまっておけないかしら」
王様「そうすれば、ワシもその光をいつでも見ることができるな」
王様は森の魔女を呼び、青い月の光と緑の木漏れ日を閉じ込めるように命令しました。
魔女はちょっと考えていたようですが、王様の強い気持ちが変わらないと分かると、こう言いました。
魔女「かしこまりました王様。けれども、ひとつだけ約束してください」
王様「なんじゃ?」
魔女「決して光達を独り占めしてはなりません」
王様「うむ。わかった」

次の日、魔女は青い石で飾られた箱と、緑の石で飾られた箱を持ってきました。
王様「できたか」
魔女「はい。この二つの箱に閉じ込めてまいりました」
王様「箱を開けてみよ」
魔女が青の箱を開けると、お城の天井一面に青い月あかりがきらめきました。
魔女が緑の箱を開けると、お城の床一面に緑の木漏れ日が溢れました。
それを見たお姫様と王様は大喜びです。
王様「これでいつでも姫の大好きな光がお城で見られるぞ」
しかし、魔女はこう言いました。
魔女「王様、どうか約束をお忘れなきよう」
王様「うむ。分かっておる」
魔女「では、ご用心を」
王様「わかった」

しかし、王様は青い月あかりと緑の木漏れ日のあまりの美しさに、めがくらんでしまいました。
青い箱と緑の箱を自分のものにしたくて、お姫様にも黙って隠してしまったのです。
その日から青い月の光と緑の木漏れ日は王国から姿を消してしまいました。
王様は大慌てで森の魔女を呼び出しました。
王様「これはどういうことだ」
魔女「月の光と木漏れ日を箱の中に閉じ込めてしまいましたので」
王様「閉じ込めてしまうとどこにもなくなってしまうものなのか」
魔女「仰る通りでございます」
王様「これは困った」
魔女「王様は私との約束を守ってくださらなかったようですね」
王様「う……うむ」
魔女「光達は隠される事を好みません。隠されると光達は光らなくなってしまうのです」
王様「だから王国から光がいなくなってしまったのか」
魔女「その通りです」
王様「ワシが悪かった。箱を返そう」
青と緑の箱を王様から受け取り、魔女は言いました。
魔女「王様、確かに人は大切なものを手元に置きたがるものです」
魔女「しかし、誰かが独り占めしてしまうと、みんなにとって大事なものがなくなってしまう事もあるのです」
王様「そうか……そうだな」
魔女「例え王様でも、みんなにとって大事なものを独り占めしてはいけません」
王様「ワシでもか」
魔女「はい、王様でもやってはいけなかったのです」
王様「……わかった」

魔女は青と緑の箱にかけてある魔法を解きました。
青い月の光と緑の木漏れ日は、周りを照らしながら天へと駆け登って行きました。
魔女「姫様、これを」
魔女の手には青い宝石と緑の宝石が握られていました。
魔女「青い月の光が見たい時には青い宝石を、緑の木漏れ日が見たい時には緑の宝石をかざして見てください。
   この宝石の中に残された光の気配が、きっと姫様に青い月あかりと緑の木漏れ日を見せてくれることでしょう」

こうしてお姫様の手に残された宝石は、サファイアとエメラルドという名前を与えられて人間界にとどまることになったそうだ。
ん?アリス?
おーい、アリス。
なんだ、眠ってしまったのか。
このお話もどこまで聞いていたんだか。
まぁ、しょうがないか。
さて、私も寝ることにするかな。

(by 一也)